ノヴァーリスは、魔術的観念論という造語を作った夭折の詩人でした。揚妻先生はその名を冠したこの別館に、ドイツ的な「キノコのように」どっしりとした風合いをご希望でした。
これを受けて、日本的な要素を色濃く反映させ、より世界に「開いた」本館に対して、より「閉じた」別館を対比させることで、リズム-呼吸が生まれることを意図しました。
豊かで優しい自然とひとつになることを理想としたこの国のありように対して、彼の地では世界から自分を閉ざして自我を育成しようとしたわけですが、シュタイナーはその自我を発展的に昇華させることで再び世界と結びつけようとしたと言ってもいいでしょう。
シュタイナー医療が実践されるこの建物自身にも、その源泉である世界観に相応しいフォルムを模索しました。「天」と「地」のつながりを上方から与え下方から支えるフォルムの中に、そして「外」と「内」、「世界」と「私」が高い次元でつながっていることを、外観の凹面と凸面が「反転」し連続する外壁のフォルムに込めました。
このような複雑なフォルムの施工にあたり、施工者は私が提供した3Dデータをそのまま型紙として用いて、まずメイン部分のフレーム模型を1/2スケールで作って見せてくれました。その後、すべてのパーツを工場で製作し、現場に運んで組み合わせることで、この豊かな表情を見事に実現してくれました。それは実に一度限りの夢のような仕事であり、いくら賞賛してもし切れないほどです。
仕上げの銅板工事でも難航しました。困難な仕事のため中々受け手が見つからず、最終的に特殊な工法を持つ京都の業者に足を運んでもらうことになりました。
銅板は屋根のみでなく二階部分の外壁にも用いられています。銅は時間とともにその姿を変化させ、やがて緑青となって安定するという利点と魅力を備えています。さらに熱との親和性が強く、「愛」の星である金星と古来結びつけられてきた素材です。この場所が愛で満たされることを願って、玄関部分には銅板で正十二面体を象った礎石も沈めてあります。
曲面が多用された二階に対して、一階部分は直線的にデザインされ、外壁の仕上げには自己洗浄力を持つスイス漆喰を用いました。生物が生み出した「鉱物」が上階を支えています。
なお、付随する「ガレージ」部分は機能性を追求する車のためのスペースに相応しいものとするため、「有機的」な本体とは異なるデザイン原理によっています。
玄関ポーチを支える二本のシンボリックな円柱は、見事な左官仕事でペンタグラムを象った柱脚の上に立ち、やわらかいカーブを描いた天井は、訪れる人を優しく迎えます。入口扉のグリップ形状は反転し、ドアまわりのフォルムには、外壁に見られたメインモチーフである上方と下方の有り様が抑えられた表現で姿を現します。
訪れた人が集うのがライブラリーです。壁から天井へとスイス漆喰で一体に塗りこめた空間は、薪ストーブやどっしりとしたベンチ、バーカウンターを備えています。こうした居心地の良い空間でありながら、煙道を守る炎を模した力強いフォルムや面同志の出会う明快なエッジによって、意識を目覚めさせてもくれます。
カウンター越しに事務コーナーを備えたキッチンがつながっています。デスクの窓からはイギリスから取り寄せた求心タイプのフローフォームがレムニスカートを描く様子を眺めることが出来ます。
診察室では温かみのあるフォルムのデスクが家具や棚と一体となって、訪れる人を迎え入れてくれます。そして包み込むように下り、高窓に向かって上昇する天井の動きに、変容したメインモチーフが再び現れます。
アインライブング室は、隣接する診察室と間仕切りを収納することで一室とすることが出来ます。入浴療法のための檜風呂や足湯、湿布のための湯沸しなど様々な機能性を備えながら、この部屋でも診察室と同じ天井のモチーフが根底に流れる有り方を表しています。
トルマリンを中心とした鉱物コレクションを飾る踊り場を、青色をベースに彩色された吹抜けのガラス面を見て二階に上がると、音楽療法、治療オイリュトミー、絵画療法などのためのスペースが通路を隔てて向かい合っています。
100kgを超える間仕切りを階段脇にすべて収納すると、二階全体がコンサートや講座のためのホールとなります。
堅牢なオークの床に重量感を持って聳えるトネリコ材の壁面、そこに人の手でやわらかく彩色された不定形の天井が軽やかに降りてきます。人の技を捧げ、天からの恵みが降り注ぐ、メインモチーフが最終的に開花した姿をここに見ることが出来ます。
小規模ながら様々な思いと稀有な匠の技が込められたこの建物が、揚妻ご夫妻をはじめとする方々のご尽力によって、健全な人間性の回復を支える場となってくれることを願ってやみません。
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